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このページは 2006年 12月 22日 11時56分11秒 に更新されました。

君たちとは?

ゆうき君と真吾君とさいとう君とぼくの4人で4丁目公園でビーダマンをしたんだ。そこに4年生の人も来たから、一緒にビーダマンをやったんだ。ビーダマンはお腹の所にビーだまを入れて背中のトリガーを押すとビーだまが飛び出すおもちゃなんだよ。
ビーダマンってね、ビーだまの飛ばし方にけっこう技がいるんだ。バスケットって言うゲームもみんなでやったんだ。
これはね、1つのビーダマンでやるので、少しむずかしいんだ。あんまりうまくいかないから、ゆうき君の家にもどって、人形で遊んだんだ。
ぼくのおじいちゃんはとっても心配性だから、ぼくが友だちの家に遊びに行ってると、かならず、むかえに来る。そろそろおじいちゃんのすがたが見えるころかな―って思ってたら、・・
ぼくはおじいちゃんとさいとう君と真吾君と一緒に帰りながら、さいとう君の家を教えてもらったんだ。
今日もまた、いつもの4人・・ゆうき君と真吾君とさいとう君とぼくのことなんだけど、・・で小松公園でビーダマンをして遊んだ。遊ぶはずだったんだけど、ほとんどビーダマンでは遊ばないで、小松公園の遊具で遊んだ。
次にぼくたちがはまったのは、トンネルみたいな滑り台。今日はすべりが良くて、壁にお尻がついちゃうほどだったよ。
残りは急カーブの滑り台だ。そこをかけ登ったり滑り降りたりするんだけど、急カーブなので、これがけっこう難しいんだよね。

[引用サイト] 信吾君たちと


君たちとは?

元々は戦後50年を間近に控えた1994年に作られた曲で、「この灯を永遠に(このひをとわに)合唱団」が中心となってこれまで歌い広められています。
1995年3月に行われた「第40回全国教育系学生ゼミナール大会」の中で合唱団を招いて演奏されたのがきっかけでこの曲を知りました。
空襲の歴史を調べていると、衝撃的な事実を見つけました。第二次世界大戦中に東京大空襲を筆頭に日本各地を空襲で破壊したアメリカ人の中には、戦後、日本の勲章(その中でも格の高い勲一等旭日大綬章)をもらった人がいるのです。カーチス・ルメイ(Curtis Emerson LeMay)という人で、授章理由は「航空自衛隊の育成に貢献したから」とのこと。自衛隊の是非は脇に置いておくとしても、1964年当時のこと、選考を担当した人たちの中には戦時中にカーチス・ルメイのせいでひどい目にあった人もいるはずで、異論は出なかったのでしょうか。
インターネットで「カーチス ルメイ」または「カーティス ルメイ」をキーワードにして検索すればわかりますよ、彼が戦争で日本にどれほどの被害を与えたか、彼が戦争に対してどんな考えを持っているか、そして戦後、「チクワ音頭」にも歌われる佐藤内閣が彼へ勲章を授与したことで日本国民の神経をどれほど逆なでしたかが。
自分で破壊した国から表彰された軍人がいる。この意外な事実を私はフジテレビの「トリビアの泉」に投稿しようと思うのだが、採用されるだろうか。映像の締めくくりに使ってほしい結論をコメントとして添え書きしておけば、採用の確率はアップするかも。「戦後の復興に力を注いだ国民一人一人は、勲章よりも輝いていた。」へぇ、へぇ、へぇ。

[引用サイト] いま この街に生きている君たち


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